概要

米国で可決された暗号資産規制「CLARITY法案」の全貌を解説するものです。SECとCFTCの管轄権を明確にし、「デジタルコモディティ」という新概念を導入する本法案が、市場にどのような安定性と成長をもたらすかを分析します。
特に、SECとの訴訟で注目されるXRPが「コモディティ」として法的地位を得る可能性や、ETHの市場での地位が盤石になるプロセスを詳述。規制の明確化がもたらす光と影の両側面から、暗号資産の未来を読み解きます。
目次
序章
2025年、米国の暗号資産規制の歴史において極めて重要な転換点となる可能性を秘めた法案が、議会の注目を集めている。通称「CLARITY法案(The Digital Asset Market Clarity Act)」は、長らく規制の「グレーゾーン」に置かれてきたデジタル資産に対し、包括的かつ明確な法的枠組みを提供することを目指すものだ。2025年7月17日には米下院で可決され、米国における暗号資産規制の未来を占う上で、その動向から目が離せない状況となっている。
本稿では、このCLARITY法案がどのような内容であり、暗号資産市場全体にどのような影響を及ぼすのかを詳細に解説する。さらに、米証券取引委員会(SEC)との長年の法廷闘争の渦中にあるXRPと、すでに現物ETF(上場投資信託)が承認され市場での地位を固めつつあるイーサリアム(ETH)という、象徴的な二つの暗号資産がそれぞれどのような影響を受けるのか、深く掘り下げて分析する。
CLARITY法案の全貌 ―「明確性」がもたらす新時代
CLARITY法案は、その名の通り、デジタル資産市場における規制の「明確性(Clarity)」を確立することを最大の目的としている。これまで、米国ではどの暗号資産が「証券(Security)」であり、どの資産が「コモディティ(Commodity)」なのかという分類が曖昧なまま、規制当局であるSECと商品先物取引委員会(CFTC)がそれぞれ管轄権を主張し、事業者や投資家は常に法的不確実性のリスクに晒されてきた。この根本的な問題を解決するため、CLARITY法案は以下の三つの柱を軸に構成されている。
SECとCFTCの管轄権の再定義:「デジタルコモディティ」概念の導入
法案の最も核心的な要素は、SECとCFTCの役割分担を明確に線引きすることにある。そのために、「デジタルコモディティ(Digital Commodity)」という新たな法的カテゴリーを創設する。
- 証券取引委員会(SEC)の管轄: 従来の証券法(ハウィーテストなど)に基づき、投資契約として提供・販売されるデジタル資産、つまり資金調達の手段として機能するトークンは、引き続きSECの監督下に置かれる。プロジェクトの初期段階におけるICO(Initial Coin Offering)などがこれに該当する。
- 商品先物取引委員会(CFTC)の管轄: 一方で、一度発行された後、十分に分散化され、特定の管理主体が存在しないネットワーク上で取引される資産の多くを「デジタルコモディティ」と定義し、その現物市場の監督権限をCFTCに与える。これは、ビットコイン(BTC)や、本稿で詳述するイーサリアム(ETH)などが明確にCFTCの管轄となることを意味する。
この分類により、事業者は自らが扱う資産がどちらの規制体系に従うべきかを予測可能になり、コンプライアンス体制を構築しやすくなる。
「成熟したブロックチェーン(Mature Blockchain System)」という画期的な概念
CLARITY法案は、プロジェクトのライフサイクルに応じて規制のあり方が変わるべきだという現実的なアプローチを取り入れている。その鍵となるのが「成熟したブロックチェーンシステム」という概念だ。
これは、「単一の個人または共通の支配下にある団体によってコントロールされていない、完全に分散化されたブロックチェーンシステム」と定義される。プロジェクトが発足当初は資金調達のために「証券」として扱われたとしても、その後の開発が進み、ネットワークがこの「成熟」状態にあると認定されれば、その上で流通するネイティブトークンは「デジタルコモディティ」へと法的な性質が変化する可能性がある。
この「成熟」認定のプロセスは、プロジェクトが中央集権的な発行体から離れ、自律的なエコシステムへと移行するための法的な出口戦略(Exit Strategy)を提供するものであり、イノベーションを阻害しないための重要な配慮と言える。
投資家保護とイノベーション促進の両立
規制の明確化は、無法地帯を作ることを意味しない。CLARITY法案は、投資家保護のための具体的なルールも盛り込んでいる。
- 顧客向け事業者の義務: 暗号資産交換業者やブローカー、ディーラーといった顧客と直接取引する事業者に対し、顧客への適切な情報開示、顧客資産と自己資産の分離管理、利益相反の防止策などを厳格に義務付ける。
- イノベーションの促進: 開発者がSECの管轄下で合法的に資金調達を行うための明確な手順を提供し、イノベーションの芽を摘まないように配慮する。また、ユーザーが自身の資産を管理する「自己管理ウォレット(Self-Custody)」の権利を法的に保障することも明記しており、ブロックチェーンの根幹思想を尊重する姿勢を示している。
法案の現状と今後の展望
2025年7月中旬に下院を通過したことは大きな前進だが、法案が成立するためには上院での可決と大統領の署名が必要となる。上院での審議は予断を許さないが、超党派での支持も一定数存在することから、年内の成立も視野に入っている。
一方で、消費者保護団体などからは、「投資家保護に豊富な経験を持つSECから、主に機関投資家間の市場を監督してきたCFTCへ多くの資産の管轄を移すことは、個人投資家の保護を後退させるリスクがある」との懸念も表明されており、今後の審議で議論の的となる可能性がある。
暗号資産市場全体への広範な影響
CLARITY法案の成立は、米国の、ひいては世界の暗号資産市場に地殻変動とも言える影響を及ぼすだろう。その影響は「光」と「影」の両側面を持つ。
規制の明確化がもたらす「光」
- 機関投資家の本格参入: これまで多くの機関投資家が暗号資産市場への本格参入をためらっていた最大の理由は、規制の不確実性だった。CLARITY法案によって法的な立ち位置が明確になれば、年金基金や保険会社、大手資産運用会社などが、コンプライアンスを遵守した形でポートフォリオに暗号資産を組み入れやすくなる。これは、市場に莫大な流動性をもたらす起爆剤となる。
- 新商品の開発と承認の加速: デジタル資産の法的分類が明確になることで、ETFをはじめとする金融商品の組成・承認プロセスが大幅にスムーズになる。すでに承認されているビットコインやイーサリアムの現物ETFに続き、他の主要な「デジタルコモディティ」を対象とした商品の登場が期待される。
- 米国内でのイノベーションと国際競争力の維持: 明確なルールが整備されることで、起業家や開発者は安心して米国内で事業を展開できるようになる。これまで規制の不透明性を嫌って米国を離れていたプロジェクトや人材が回帰し、米国の暗号資産分野における国際競争力を維持・強化することに繋がるだろう。
規制強化がもたらす「影」
- コンプライアンスコストの増大: 明確な規制は、事業者にとって遵守すべき義務が増えることも意味する。CFTCやSECへの登録、レポーティング、監査体制の構築など、コンプライアンスにかかるコストは増大し、特にスタートアップや小規模事業者にとっては大きな負担となる可能性がある。
- 投資家保護の後退リスク: 前述の通り、多くの資産がCFTCの管轄下に入ることで、SECが提供してきた厳格な投資家保護の枠組み(詳細な発行情報の開示義務など)が適用されなくなる可能性がある。CFTCも詐欺や市場操作に対する権限を持つが、そのアプローチはSECとは異なり、個人投資家が十分な情報を得られないままリスクの高い投資を行うケースが増えるとの懸念は根強い。
- DeFi(分散型金融)への適用: CLARITY法案は「自己管理」の権利を認めているものの、スマートコントラクトによって自律的に運営されるDeFiプロトコルそのものをどのように規制の枠組みに当てはめるかについては、依然として課題が残る。「分散化」の定義や、プロトコルの開発者・運営者の責任範囲など、さらなる解釈やルール作りが必要となるだろう。
第三章: XRPへの特異的な影響 ― 長き戦いの終焉か
CLARITY法案の行方を、他のどの暗号資産プロジェクトよりも固唾をのんで見守っているのが、リップル社とXRPコミュニティだろう。2020年末から続くSECとの訴訟は、XRPが「未登録証券」であるか否かを最大の争点としてきた。この法案は、その戦いの力学を根底から覆す可能性を秘めている。
SEC対リップル社訴訟の核心
SECは、リップル社によるXRPの販売が、投資家がリップル社の努力によって利益を得ることを期待する「投資契約」に該当し、証券法上の登録義務に違反したと主張してきた。これに対しリップル社は、XRPは国境を越えた決済を効率化するための独立したデジタル資産(ブリッジ通貨)であり、証券ではないと反論。裁判所は2023年に、機関投資家向けの販売は証券法に違反するとしつつも、個人投資家向けの取引所を介した販売は証券販売には当たらないという、双方に一部有利な判断を下したが、最終的な決着には至っていない。
CLARITY法案がXRPに与えるであろう影響
- 「デジタルコモディティ」分類による法的地位の確立: CLARITY法案が成立すれば、XRPが「デジタルコモディティ」としてCFTCの管轄下に分類される道が法的に開かれる。XRP Ledgerは10年以上にわたって稼働し、リップル社以外の多数のバリデーターによって分散的に運営されている。この事実は、法案が定める「デジタルコモディティ」の定義に合致する可能性が極めて高い。これが実現すれば、SECがXRPを証券として追及し続ける法的根拠は失われ、訴訟はリップル社に有利な形で終結に向かうと予想される。
- 「成熟したブロックチェーン」概念の適用: たとえXRPの初期の配布方法に証券的な側面があったと解釈されたとしても、「成熟したブロックチェーン」という概念がリップル社にとって強力な追い風となる。XRP Ledgerが特定の主体にコントロールされていない「十分に分散化されたネットワーク」であると認定されれば、現在のXRPは証券法の対象外となる。これは、SECの主張の根幹を揺るがすものだ。
- 市場での完全復活と流動性の向上: SECによる提訴後、米国内の多くの大手取引所はXRPの上場を廃止または取引を停止した。裁判所の有利な判断を受けて一部は再上場したが、法的な不確実性は依然としてXRPの普及の足枷となっていた。CLARITY法案によってXRPが明確にコモディティとして位置づけられれば、CoinbaseやKrakenといった全ての米国取引所での再上場が加速し、機関投資家向けの金融商品(ETFなど)の組成も現実味を帯びてくる。これは、XRPの流動性と価格形成に極めてポジティブな影響を与えるだろう。
結論として、CLARITY法案は、長年にわたりXRPを取り巻いてきた法的な霧を晴らし、その本来のユースケースである国際決済の分野での活用を後押しする、まさに「ゲームチェンジャー」となり得る法案である。
ETHへの影響 ― コモディティとしての地位の盤石化
イーサリアム(ETH)もまた、「証券か、コモディティか」という長年の議論の対象であった。しかし、その状況はXRPとは大きく異なる。すでにCFTCはETHをコモディティと見なす見解を繰り返し示しており、2024年にはETHの現物ETFがSECによって承認された。この承認は、ETHが証券ではないという暗黙の了解が規制当局内に形成されたことを示唆している。CLARITY法案は、この流れを法的に確定させ、ETHの地位を盤石なものにするだろう。
前提:ETHを取り巻く規制上の議論
ETHの議論は、2014年のプレセール(ICO)が証券募集に該当したのではないかという点と、2022年の「The Merge」によるプルーフ・オブ・ステーク(PoS)への移行が、ETHを証券的な性質を持つものに変えたのではないかという二つの側面があった。PoSでは、保有者がETHをステーキングすることでネットワークのセキュリティに貢献し、その対価として報酬を得る。この仕組みが「他者の努力による利益への期待」という証券の定義に近づくという見方も存在した。
CLARITY法案がETHに与える影響
- 「デジタルコモディティ」としての法的地位の確定: CLARITY法案は、こうした議論に最終的な決着をつける。イーサリアムネットワークの巨大さと分散性の高さは、疑いなく「成熟したブロックチェーン」の定義に合致する。したがって、法案の枠組みの下では、ETHは明確に「デジタルコモディティ」としてCFTCの監督下に置かれることになる。これにより、将来的にSECが再びETHの証券性を問題視するリスクはほぼ払拭される。
- 現物ETF承認との相乗効果: ETH現物ETFの承認は、機関投資家や個人投資家が伝統的な金融の枠組みを通じてETHに投資する道をすでに開いた。CLARITY法案による法的な裏付けは、この動きをさらに加速させる。ETFの発行会社やカストディアンは、より安心してサービスを提供・拡大でき、より多くの保守的な機関投資家が市場に参入する後押しとなる。
- PoSとステーキングへの影響: 法案は、ETHそのものを「コモディティ」と定義する一方で、ステーキングサービス(特に取引所などが提供するカストディアル・ステーキング)が「投資契約」としてSECの規制対象となる可能性は残る。しかし、ETHという資産自体の法的地位が安定することで、ステーキングを取り巻く規制も、より建設的かつ明確な形で整備が進むと期待される。法案がETH自体をコモディティと明確にすれば、ステーキングから得られる報酬も、証券の配当ではなく、コモディティの生産活動から得られる対価として整理しやすくなる。
ETHにとってCLARITY法案は、XRPのような劇的な状況の逆転をもたらすものではないかもしれない。しかし、すでに築き上げられた市場での地位と信頼性を、国家の法律という最も強固な形で裏付け、次なる成長段階へと進むための安定した土台を提供するという点で、極めて重要な意義を持つ。
結論:米国発、世界標準への道標
CLARITY法案は、単に米国内の規制を整備するだけにとどまらない。世界最大の経済大国である米国が示す明確な規制の枠組みは、日本や欧州をはじめとする各国の規制当局にとって重要な参照点となり、グローバルな規制の調和に向けた議論をリードする可能性が高い。
この法案は、暗号資産を単なる投機の対象から、社会インフラとして機能し得る新たな資産クラスへと引き上げるための、避けては通れない産みの苦しみを伴う一歩である。投資家保護とイノベーションの促進という、時に相反する二つの目標のバランスをいかに取るかという難しい課題に、米国議会が正面から向き合った成果と言える。
XRPにとっては長年の法的闘争からの解放を、ETHにとっては盤石な地位の確立を意味するかもしれないこの法案の成立は、暗号資産市場が成熟した金融市場へと進化するための、歴史的なマイルストーンとなるだろう。今後の上院での審議、そして法案が成立した場合の具体的な規則策定の動きを、世界中の関係者が注視している。
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