概要
イーサリアム上のあらゆる操作コストである「ガス」の完全ガイド。なぜガスが必要なのかという基本から、「ガス消費量×ガス価格=手数料」という計算の仕組みまでを解き明かします。
開発者が直接コスト削減に貢献できる「ガス消費量」を減らすため、ストレージ書き込みの最小化やカスタムエラーの活用など、今日から使える具体的な節約術を解説します。
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目次
はじめに
これまでの14話を通して、あなたはSolidityの文法、データ構造、セキュリティパターンといった、スマートコントラクトを構築するための幅広い知識を身につけてきました。これは素晴らしい成果です。
その過程で、「ガス代(Gas Fee)」という言葉が、まるで亡霊のように何度も現れたのを覚えているでしょうか? 「forループはガス代が高い」 「カスタムエラーはガス効率が良い」 「transferは固定のガスしか渡さない」
これらは全て、イーサリアムという分散型コンピュータ上でプログラムを動かす上で、避けては通れない最重要概念、「ガス」に関連する話です。
そもそも「ガス」とは一体何なのでしょうか? なぜ私たちはそれを支払わなければならないのでしょうか? そして、開発者として、どうすればユーザーが支払うコストを少しでも下げることができるのでしょうか?
今回は、ついにこのイーサリアムの心臓部とも言える「ガス」の仕組みを解き明かします。ガスの概念を理解することは、単にSolidityのコードが書ける、というレベルから、計算コストを意識した、効率的で優れたコードが書けるという、真のイーサリアム開発者へと進化するための最後の関門です。
Gasとは何か?イーサリアムの「計算量メーター」⛽
ガスを理解するための最も分かりやすい例えは、自動車のガソリンです。
車で長距離を移動するには、ガソリンが必要ですね。そして、移動距離が長かったり、険しい山道を登ったり(=処理が複雑)するほど、より多くのガソリンを消費します。
イーサリアムにおけるガスも、これと全く同じです。ガスは、スマートコントラクトの関数を実行したり、トランザクションを送信したりといった、あらゆる操作の「計算コスト」を測るための単位なのです。足し算(ADD)のような単純な操作は消費するガスが少なく、ストレージへの書き込み(SSTORE)のような複雑で重要な操作は、より多くのガスを消費します。
では、なぜこのようなガスという仕組みが必要なのでしょうか? 理由は大きく2つあります。
- ネットワークの保護: Solidityはチューリング完全な言語であり、理論上は無限ループのような、永遠に停止しないプログラムを書くことができてしまいます。もし悪意のある(あるいはバグのある)無限ループが実行されれば、ネットワーク全体がその処理にかかりきりになり、麻痺してしまいます。ガスは、各トランザクションが使用できる計算量の上限を定めることで、このような事態を防ぐ**「強制停止スイッチ」**の役割を果たします。ガスが尽きれば、処理は強制的に中断され、ネットワークは守られます。
- バリデーターへのインセンティブ: イーサリアムのブロックチェーンは、世界中のバリデーター(かつてのマイナー)と呼ばれる人々が、自身のコンピュータの計算能力を提供することで維持・保護されています。彼らがあなたのトランザクションを処理してくれるのは、ボランティアだからではありません。トランザクションの実行者が支払うガス代が、彼らの労働に対する正当な報酬となるのです。ガスは、ネットワークの維持者にインセンティブを与える、経済的な仕組みの根幹をなしています。
トランザクション手数料の仕組み
ここで多くの初学者が混乱するポイントを整理します。ユーザーが最終的に支払う手数料は、どのように決まるのでしょうか? それは、2つの要素の掛け算で決まります。
取引手数料 (ETH) = ガス消費量 (Gas Used) × ガス価格 (Gas Price)
- ガス消費量 (Gas Used) これは、あなたのコードの処理内容によって決まる、純粋な計算コストです。足し算をすれば3ガス、掛け算をすれば5ガス、ストレージに書き込めば20,000ガス…というように、操作ごとに消費量が定められています。この数値をいかに小さくするかが、開発者の腕の見せ所です。
- ガス価格 (Gas Price) これは、ユーザーが「1ガスあたり、いくらのETHを支払うか」を設定する単価です。単位は通常Gwei(ギガウェイ、
1 Gwei = 10^-9 ETH)が使われます。ガス価格は、ネットワークの混雑状況によって常に変動します。高速道路の渋滞のように、ネットワークが混んでいて取引を急ぐ人が多いときは、高いガス価格を設定しないと、バリデーターに処理してもらえません。これはユーザーが決める市場価格であり、開発者がコントロールすることはできません。
つまり、私たち開発者の使命は、**「ガス消費量 (Gas Used)」**をできる限り削減する効率的なコードを書くことで、ユーザーがどんなガス価格の状況でも、支払う手数料を低く抑えられるようにすることなのです。
簡単なガス節約術:賢いコントラクトの書き方 💡
それでは、今日からすぐに実践できる、基本的なガス節約術を5つ紹介します。
1. ストレージ(状態変数)への書き込みは最小限に! SSTORE、すなわち状態変数への書き込みは、最もガス代が高い操作の一つです。もしループ内で状態変数を何度も更新するようなコードがあれば、それは改善の余地があります。
Solidity
// 非効率な例:ループ内で10回ストレージに書き込んでいる
for (uint i = 0; i < 10; i++) {
myStateVar += 1; // 毎回SSTOREが発生し、高コスト
}
// 効率的な例:計算はメモリ上で行い、書き込みは最後に1回だけ
uint localCopy = myStateVar; // まずローカルのメモリ変数にコピー
for (uint i = 0; i < 10; i++) {
localCopy += 1; // メモリ上の計算は非常に安い
}
myStateVar = localCopy; // 最後の結果をストレージに1回だけ書き込む
2. データ型を賢く選ぶ 一般的にuint256が効率的ですが、struct内で複数の数値を扱う場合など、uint128やuint64といったより小さな型をうまく並べることで、複数の変数を一つのストレージ・スロット(256ビット)に詰め込める(パッキングできる)場合があります。これにより、ストレージの利用効率が上がり、ガス代を節約できることがあります。
3. view / pure 関数を積極的に使う これはユーザー体験に直結します。関数をview(読み取り専用)やpure(状態にアクセスしない)にすることで、ユーザーはオフチェーンから(=ウェブサイトから)その関数を呼び出す際に、一切ガス代を支払う必要がなくなります。データを読み取るだけの機能は、必ずviewにしましょう。
4. publicよりexternalを優先する 第6話で学んだ通り、関数が外部からのみ呼び出されることが分かっている場合、可視性をpublicではなくexternalにすることで、引数の処理方法が最適化され、ガス代がわずかに安くなります。塵も積もれば山となります。
5. カスタムエラーを使う 第14話で学んだ通り、require(condition, "エラー文字列")よりも、revert CustomError()の方が、エラーメッセージの文字列をブロックチェーンに保存する必要がないため、ガス効率が大幅に良いです。これは現代的なガス節約術の基本です。
まとめ:コスト意識というプロの視点
お疲れ様でした!今回は、イーサリアムの根幹をなす「ガス」の概念について、その仕組みから具体的な節約術までを学びました。
- ガスは、イーサリアム上の計算量を測るための単位である。
- 取引手数料 = ガス消費量 × ガス価格 で決まる。
- 開発者は、効率的なコードを書くことでガス消費量を削減できる。
- ストレージへの書き込みを減らすことが、最も効果的な節約術の一つである。
ガスの概念を理解し、常にコストを意識しながらコードを書く、という視点を持てたなら、あなたはもう単なるSolidityプログラマーではありません。ユーザーの負担を理解し、現実世界で通用するアプリケーションを構築できる、真のイーサリアム開発者です。
おめでとうございます!これで、Solidityの基本的な概念を学ぶ旅は一区切りです。あなたは、データ構造、関数、セキュリティ、そしてガスという、DApp開発に必要な知識の地図を手に入れました。
次の第16話からは、いよいよ【実践編】に突入します。これまでに学んだ全ての知識を総動員して、ゼロから一つの完成されたDApp、**「オリジナルの投票システム」**を構築していきます。理論から実践へ、あなたのスキルを本物の形にする時が来ました!
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